昭和のレトロパソコンの思い出番外編1|所有欲はなかったけれど、ずっと気になっていたマイコンたち。でも令和になって手に入れた

 私の昭和レトロパソコンコレクションの中から、少し変わった存在についてお話ししたいと思います。テーマは、「当時は所有欲がなかったけれど、なぜか気になっていたマイコン」です。

今回取り上げるのは、

  • 日立 MB-S1
  • 東芝 PASOPIA 7

 の2機種です。

 どちらも、当時の私が「絶対に欲しい!」と思っていたパソコンではありません。しかし、雑誌などで見かけると、なぜか気になる。そして、何十年経っても記憶の片隅に残っている。そんな不思議な存在でした。

 そして令和の時代になった今、ついにこの2台をコレクションに迎え入れることになりました。

日立 MB-S1――昔は買わなかったけれど、令和になって手に入れた

 まず紹介したいのが、日立のMB-S1です。MB-S1は、当時の国産マイコンの中でも、かなり個性的な存在でした。性能面でも魅力があり、単なる入門用マイコンというより、本格的なコンピューターとしての雰囲気を持ったマシンです。しかし、当時の私はMB-S1を所有していたわけではありません。「いつか欲しい」と強く思っていた機種でもありませんでした。それでも、なぜか気になる。そんな存在だったのです。

 そして、時代は昭和から平成、そして令和へ。まさか何十年も経った後に、自分がMB-S1を所有することになるとは思ってもいませんでした。

手に入れたのはMB-S1のモデル10

 そして、私が実際に手に入れたのが、MB-S1のモデル10です。しかも、単なる本体だけではありません。なんと、激レアな拡張RAMとライザーカード付き。という、非常に興味深い構成でした。レトロパソコンを集めていると、本体そのものだけでなく、当時の純正・専用周辺機器や拡張パーツにも価値を感じるようになります。むしろ、現在では本体以上に見つけにくいものもあります。

 そう考えると、拡張RAMやライザーカードまで揃ったMB-S1モデル10を手に入れられたことは、私にとってかなり大きな意味があります。昔は所有していなかったマシン。それが令和になって、しかも貴重な拡張パーツ付きで手元にある。これは、なかなか感慨深いものがあります。

東芝 PASOPIA 7――こちらも気になっていたマイコン

 もう一台が、東芝のPASOPIA 7です。東芝といえば、昭和のパソコン史を語るうえで外せないメーカーの一つです。PASOPIAシリーズも、当時の国産パソコン市場を彩った存在でした。PASOPIA 7も、性能面では魅力のあるマシンでした。ところが、パソコンというものは、単純に性能が高ければ売れるわけではありません。

 どんなに優れたハードウェアでも、ユーザーが「このパソコンを買って、これをやりたい」と思えるソフトウェアがなければ、普及は難しくなります。

高性能でも、キラーソフトがなければ普及しない

 MB-S1やPASOPIA 7について考えるとき、重要になるのがキラーソフトの存在です。当時のパソコン市場は、現在以上にソフトウェアの影響が大きかった時代でした。「このゲームをやりたいから、このパソコンを買う」「このソフトを使いたいから、この機種を選ぶ」そんな選択が普通に行われていました。

 そのため、高性能=大ヒットとは限りません。MB-S1もPASOPIA 7も、ハードウェアとして魅力がありながら、圧倒的なキラーソフトに恵まれず、主流になりきれなかったという側面があります。

 だからこそ、今になって振り返ると面白いのです。

「欲しくはなかった。でも、なぜか気になる」

 私にとって、この2台の最大の特徴はここです。当時は、「どうしても欲しい!」という所有欲はありませんでした。私が強く興味を持っていた別のレトロパソコンもありました。

 ところが、MB-S1やPASOPIA 7を雑誌などで見かけると、「こんなマイコンもあるんだ」と気になってしまう。そして、その記憶が何十年経っても消えなかった。これはレトロパソコンの面白いところだと思います。人気機種だから記憶に残るとは限りません。売れた機種でもない。周囲で使っている人が多かったわけでもない。でも、なぜか自分の記憶に残っている。

 そんなマシンがあるのです。

令和になって、ついにコレクションへ

 そして令和。私はついに、MB-S1とPASOPIA 7をコレクションに迎え入れました。特にMB-S1は、モデル10に激レアな拡張RAMとライザーカードまで付いているということで、非常に思い入れのある一台になりました。昔の自分からすれば、まさかこんな形でMB-S1を所有するとは想像もしていなかったでしょう。昭和の少年時代には買わなかった。それほど欲しかったわけでもなかった。それなのに、何十年も経った令和の時代になって、貴重な構成で手元にやってきた。これは単なる中古パソコンの購入とは、少し違います。

 昔の記憶を、現在の自分がもう一度拾い上げている。そんな感覚があります。

本体を手に入れると、今度は当時のソフトが気になる

 レトロパソコンをコレクションしていると、本体を手に入れただけでは終わりません。むしろ、そこから新しい疑問が生まれてきます。「このパソコンでは、当時どんなことをしていたんだろう?」「どんなプログラムが作られていたんだろう?」「当時のユーザーは、どんな使い方をしていたんだろう?」

 こうした疑問を調べるのも、レトロパソコン収集の楽しみの一つです。

国立国会図書館や都立多摩図書館で資料を探す

 令和の現在、昭和のパソコン雑誌を探すのは簡単ではありません。普通の書店に行っても、当然ながら当時の雑誌が並んでいるわけではありません。そこで私は、国立国会図書館や都立多摩図書館などに足を運び、当時のパソコン雑誌や資料を調べるようになりました。そして、本体だけではなく、当時掲載されていたプログラムリストも探しました。これが非常に面白いのです。

プログラムリストから見えてくる昭和のパソコン文化

 今の時代なら、プログラムをダウンロードして実行することも簡単です。しかし昭和のマイコン文化では、雑誌に掲載されたプログラムリストを見ながら、自分で一文字ずつ入力していました。プログラムを入力する。フロッピーディスクまたはカセットテープにセーブする。実行する。エラーが出たらもう一度リストを確認する。間違いを探す。修正する。そして、ようやくプログラムが動く。そんな時代でした。

 当時のプログラムリストを眺めていると、単なるコードではなく、「このマイコンで何かを作りたい」という当時のユーザーたちの熱意が伝わってきます。そして、それは人気機種だけの話ではありません。MB-S1やPASOPIA 7のような、現在では知名度が比較的低い機種にも、熱心なユーザーがいたのです。

人気機種だけが昭和のパソコン史ではない

 レトロパソコンというと、どうしても有名な機種に目が行きます。多くのユーザーに使われた機種。ゲームで大人気だった機種。現在でも中古市場で高値が付く機種。もちろん、それらには大きな魅力があります。

 しかし、私は最近、「売れなかった機種にも、もっと目を向けてみたい」と思うようになりました。高性能だったのに普及しなかった。個性的だったのに主流になれなかった。魅力的なハードウェアだったのに、キラーソフトに恵まれなかった。そうしたマシンにも、それぞれの歴史があります。

 MB-S1やPASOPIA 7は、まさにそんな「もう一つの昭和パソコン史」を感じさせてくれる存在です。

「昔から欲しかった」だけがコレクションではない

 私のレトロパソコンコレクションには、もちろん昔から欲しかった機種もあります。しかし、MB-S1とPASOPIA 7は少し違います。昔は所有欲がなかった。でも、ずっと気になっていた。そして令和になって改めてその存在を掘り下げ、実機を手に入れ、当時の雑誌を調べ、プログラムリストまで探す。

 こうして考えると、コレクションというのは単に「欲しいものを買い集める」ことではないのかもしれません。自分の記憶に残っていたものを、一つずつ拾い上げていく。そんな楽しみ方もあるのだと思います。

過去と現在がつながる瞬間

 昭和のパソコン雑誌を読む。当時のプログラムリストを探す。国立国会図書館や都立多摩図書館に足を運ぶ。そして、令和の現在、自分の部屋には実際のMB-S1モデル10とPASOPIA 7がある。

 こうして考えると、昭和と令和が一本の線でつながったような気がします。特にMB-S1は、激レアな拡張RAMとライザーカードまで含めて手元にある。これは、単に「昔のパソコンを買った」という話ではありません。昔は所有しなかったマイコンを、何十年もの時を経て、自分の手元に迎え入れた。そして、そのマイコンが当時どのように使われていたのかを、今になって資料から追いかけている。

 なんとも不思議な感覚です。

まとめ|気になっていたマイコンを、令和になって迎え入れる

 日立 MB-S1。東芝 PASOPIA 7。どちらも、私にとって「昭和の頃から絶対に欲しかったパソコン」ではありません。むしろ、「所有欲はなかったけれど、なぜか気になっていたマイコン」です。

 そんな2台が、令和になって私のコレクションに加わりました。MB-S1については、モデル10。しかも、激レアな拡張RAMとライザーカード付きです。さらに、国立国会図書館や都立多摩図書館に通い、当時のプログラムリストまで集めました。本体を手に入れるだけではなく、そのパソコンが生きていた時代まで掘り下げていく。これこそが、私にとってのレトロパソコン収集なのかもしれません。

 昭和のパソコン文化は、まだまだ奥が深い。人気機種だけではなく、忘れられかけたマイコンにも、それぞれの物語があります。

 そして、何十年も経った今だからこそ、その物語をもう一度掘り起こすことができる。昔は買わなかった。でも、ずっと気になっていた。だから今、迎え入れる。これもまた、レトロパソコンの楽しみ方の一つなのです。